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からくり人形の歴史

からくり人形の歴史は日本では江戸初期に始まり以降色々な動きをする人形が作られ
考案され明治初期に一度終わる形と成りました。
それは機械文明の発達に押された影響があります。
又世界的にはエジプトのピラミッドの時代より簡単な動きをする人形が神事等を兼ねてシルクロードをアラビアの興行師が回り、また欧州では18世紀頃より時計のしくみを多用し高級化をはかった品々が当時の王族など裕福な人々の間で夜会などで親しまれたと云われております。
特にジャケドロー氏の人形は有名です。

江戸時代にはいると、からくり興業が盛んになるが、その技術のもとは、室町時代に西洋より、入ったものと思われる。
からくり興業で有名なのは寛文二年(1662年)に、大阪道頓堀で旗揚げした竹田近江の竹田からくり座である。
糸を使って人形を動かすのが、「文操(あやつり)」で、あやつり糸を用いず自動で動くのが、「機巧(からくり)」でる。
代表的なものに、細川半蔵頼直が寛永八年(1796年)に著した「機巧図彙」に詳しく記された茶運び人形などがある。

唐人笛を吹くからくり

1730年頃に出版されていた書物の中には27種類のからくり人形が紹介されており大変興味深い内容でしたが、当時はまだ自動機械ではなくいわゆる手動で動かす様な作りでした。

「唐人の人形、笛吹き物というからくり」(写真左側のからくり人形)は自動で動く仕様ではなく、実は裏に隠れ楽屋があり、そこから人間が地中に通した管を使って笛を吹いている仕掛けになっておりました。

しかし当時の人は楽しそうにしている様子がこの写真を見ても確認出来る。

人形文字書くからくり

左側に見える写真では「人形に文字を書かすからくり」人形に文字を書かせたい文字の形に穴を彫った板の先に人形の手首が繋がっている。

板の穴の中に糸が通され、糸をゼンマイで引くと人形の手は穴の形に動き、文字を書く。